ライフエッセンス

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令和で感じた元号の興味深さ

おはようございます。

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令和になって思うこと

今日で令和2日目ですね。

 

昨日は令和初日でしたが、仕事をしていると結構元号を書くタイミングが多くて、そのたびに平成と令和を書き間違えたりと四苦八苦しました。

 

それだけ普段の生活から元号が浸透しているということなのでしょう。

 

おそらく元号という独自の年号の呼び方をこれだけ長く使用しているというのは日本以外ではほとんどないのではないでしょうか?

 

私は平成2年生まれで昭和から平成へと元号が変わった時の事は知らないのですが、それでも小渕さんが平成という文字を掲げているシーンというのはテレビなどでたびたび見てきました。

 

この元号という制度について賛成派と反対派で議論があったりもしますが、個人的にはあっても良いんじゃないかと思います。

 

あくまで個人的には、ですが。

 

せっかくこれだけ年号制度で続いているのだから、日本独自のものというのは続けるのは良い事なんじゃないかなと思います。

 

正直なところ、年号が変わる事でこれほど盛り上がるとは思ってもみませんでした。

 

今回は平成に変わった時と違い、祝賀的な感じが強かったので盛り上がった部分もあるとは思いますが、これだけ年号で盛り上がるというのは、同調性の強い日本の気質ならではなのかなと深く思うところでありました。

 

三種の神器

天皇の退位と即位の映像でたびたび映ったり報道される機会の多い三種の神器

 

三種の神器という響きが私は好きです。

神秘的なものという印象で惹かれます。

 

そもそも三種の神器とは

・八咫の鏡

八尺瓊勾玉

草薙剣

 

この3つをそう呼ぶそうです。

皇位継承と同時に継承されるものだそうです。

 

必ずしも即位の必須条件ではない場合もあるそうですが、正統な皇室の証とされているそうです。

 

この三種の神器の実物に関しては、皇室を始め天皇でさえも見ることが出来ないのだとか…

この神秘性がすごくそそられます。

 

そもそも三種の神器の現物は本物なのか?という野暮な話は置いておいて、こういった秘匿性というところに人は興味をそそられるのかもしれません。

 

最後に

平成は戦争のなかった時代でした。

 

平和な時代に生まれたことはそれだけですごく恵まれているのだなと感じます。

 

令和でも戦争のない平和な時代が続くことを願っています。

 

人はそれぞれ考え方や価値観が違いますが、いつか皆がお互いを認め合う世界になることを祈って。